浦原 | ナノ
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▼ 過去編4

「なっっっに餌付けされとんねん!!!!」

「いったーい!!!」

バシン、と大きな音がして、わたしの頭に衝撃が走る。反射で出てくる涙を鼻で笑ったひよ里は、先程の一撃では気が済まないようで、ヤイヤイとわたしに畳みかける。アンタ一応女の子やろ!甘いモンばっか食べてたら見る見るうちに太るで!大体お菓子くれる男がいいやつなんて勘違いしてるんとちゃう!?危機管理能力がないんかこのハゲ!!長々と大音量で続く文句の数々を要約したらこんなところだ。どうしてこんなに怒られているかと言うと、わたしがよく浦原隊長にお菓子をいただいているからである。美味しそうに食べますねェ、とはよく言われていたが、何がお気に召したのか、浦原隊長は事あるごとにわたしにお菓子をくれるようになった。人気店の和菓子から、現世の珍しいお菓子まで、その種類は多岐に渡る。わたしのために、と渡されるそれ拒むのも失礼な気がするし、何より浦原隊長がくれるお菓子はいつも美味しい。ひよ里も一緒のときはひよ里とわたしに、と渡されるのだが、先程、執務室の外で顔を合わせた浦原隊長に口を開けるように促されて、開けた口にチョコレート、という現世のお菓子を放り込まれたところをひよ里に目撃されてしまった。いやわたしもさすがに口に入れてもらうのはおかしいのでは?と疑問に思っていたけれど。先日最中を口に突っ込まれたあたりから、浦原隊長的には普通なのではないかと思い始めるようになったのだ。いやそんな訳ない。普通にほだされてる。ひよ里の言うとおり、完璧に餌付けされていた。ちなみにもらったチョコレートはとても美味しかった。

「どうしたんスか?」

揉めている…というか一方的に怒られているわたしたちの声が聞こえたのか、珍しく研究室から様子を見るために浦原隊長がのそのそと出てくる。きょとん、とわたちたちを見る彼は、とりあえず怒っているひよ里をなだめにかかることにしたらしい。

「喜助、なまえにセクハラすんのはええ加減にせえよ」

「えっ。心当たりがないスけど」

「乙女にあーんすんのは完全にセクハラやろ!!」

「下心なんかないですよォ。なまえサンの甘いもの食べてる時の顔見ると癒されません?」

「それが下心やっちゅーてんねん!!」

どんどん火に油を注いでいく浦原隊長に、ひよ里のボルテージが上がっていく。苦笑するだけでまともに取り合わない隊長を見かねて、ふたりの間に身体を滑り込ませる。

「わかった。わたしももう浦原隊長にお菓子もらわないようにするから……」

えー、と不満そうな声を上げる隊長を無視して、ね?と小首を傾げてひよ里を見つめると、渋々といった様子で引き下がってくれる。

「ボクとしてはいつも頑張ってくれてるなまえサンへの感謝の気持ちのつもりなんですけど」

「うちも頑張っとるやろ!なまえだけ贔屓すんなや!!」

浦原隊長のせいで既に怒りの矛先がズレてきているひよ里にもう苦笑するしかない。元々浦原隊長のスキンシップというか、わたしに対する餌付けが問題だったと思っていたんだけど。ひよ里の怒りポイントは相変わらず難しいなぁ。白熱していくひよ里と苦笑して受け流している浦原隊長をぼーっと見つめていると、何他人事みたいな顔しとんのや!!と再び矛先はわたしに向く。ぷんすか、なんて可愛い擬音ではあらわせないほどにヤイヤイと言ってくるひよ里は、いい友人ではあるのだけど頭に血が上ると何も言っても通じないという欠点がある。

「だからもう浦原隊長からはお菓子もらわない。その代わり、ひよ里がわたしと一緒にお菓子食べに行ってくれる?」

身長が高いわけではないわたしよりもさらに下にあるひよ里の顔と目線を合わせて聞くと、しゃーないな、とひよ里が怒りをおさめて納得してくれる。これで一件落着だと思っていたのだけれど、その後に一瞬見えた、ちょっと寂しそうな浦原隊長の顔が、なぜかしばらくわたしの頭から離れなかった。

 * * *

あれから一週間、浦原隊長からは一切お菓子をもらっていない。その代わりひよ里とは以前に増して甘味処や話題のお菓子屋さんに足を運んでいるので、結局わたしはどんどん肥え太っていく道を辿っているのではないだろうか。浦原隊長はあれから寂しそうな顔なんてしていないし、きっとあの時見間違えただけなのだろう。そう納得しようとしても、ふとした時にやはり浦原隊長の顔が頭を過ってしまうので、書類の内容が全然頭に入って来ない。気分転換でもしようと立ち上がり、逡巡する。浦原隊長は、ちゃんと休憩をとっているだろうか。邪魔になるかもしれないけれど、お茶を淹れて持っていこう。少し声をかけてダメなら戻って自分で飲めばいいし。いつもより丁寧にお茶を淹れて、お盆に載せて浦原隊長がこもっている研究室の前で立ち止まる。何も言われてないのに勝手なことをしてしまっているけれど、本当に大丈夫だろうか。声をかけるべきか否か。考えているうちにお茶が冷めてしまいかねない。やっぱりやめよう。くるり、と執務室に戻ろうと方向転換をした時。

「ボクに用事じゃないんスか?」

「ひゃあ!」

わたしが先程まで見つめていた扉から浦原隊長が現れた。ちょうど戻るために背中を向けていた為、必要以上にびっくりしてしまった。手に持っていたお茶は、ぎりぎり零れていない。

「う、浦原隊長……」

「スミマセン。なまえサンの霊圧を感じたのに声をかけてこないんで何かと思ったらそのまま戻ろうとしてたんで、つい」

驚かせちゃいましたね。そう苦笑した浦原隊長はまた目の下にクマを作っている。以前にそのことについて注意したというのにこの人は。

「またお休みになってないんですか」

「いやー、はかどっちゃって」

「食事は」

「ちゃんと食べてますよォ」

思い切り疑いの目を向けてしまった。じとー、と見つめるわたしに耐えきれなくなったのか、苦笑して、ここ最近はお菓子を、と薄情した浦原隊長。いつもわたしにお菓子をくれるばかりで、自分で食べているところはほとんど見ていないだけに、驚いてしまう。お菓子をご飯代わりにするほど好きなようには到底見えなかった。

「それ、もしかして」

わたしがもらわなくなった分のお菓子では、と思い当たると、浦原隊長はへらへらとお得意の笑顔で流そうとする。どれだけため込んでいたのかは知らないけれど、それを食べきるまでまともな食事を摂らないつもりだろうか。先日の怒った友人の顔を思い浮かべてから、目の前の隊長の顔を見つめる。もう、しょうがない。大きくため息を吐いた。

「好きでもないものを浦原隊長が無理して消費するくらいなら、わたしがいただきます」

「ひよ里サンに怒られちゃいますよ?」

「……お菓子には、罪はないので」

その代わり、一緒にひよ里に怒られてくださいね、と告げると、途端にぱぁ、と浦原隊長の顔が輝く。そんなに喜ぶことでもないと思うんだけど。とりあえず持ってきたお茶を、どうぞ、と差し出すと、せっかくだから、と研究室に通されて、机の空いているスペースにお茶を置く。浦原隊長はなまえサンにあげようとしてたお菓子があるんスよ、と薬品等からは遠い棚をごそごそと漁り始めた。何故かわからないけれど嵌められた気がする。本当にひよ里になんて言おうか。そして何よりもちょっとちゃんと鍛練とか、運動しないとわたしの体重が本当にやばくなる気がする。せっかくだから食べても太らない薬とか、誰か開発してくれないだろうか。うーん、と頭を悩ませていると、なまえサン、と 名前を呼ばれて振り返る。もうお馴染みとなってしまった口に何かを当てられる感覚に素直に口を開ける。

「おいしいっスか?」

近い距離にある笑顔と、微かにわたしの唇に触れた指先にかぁ、と赤く染まっていく頬。

「や、やっぱり、口に放り込んでくるのは禁止です!」

熱くなっていく頬をそのままに一気に距離をとって、びし、と浦原隊長を指差してから、失礼します!と隊首室をあとにした。外の空気に触れればすぐに引くと思っていた熱は、一向におさまる気配がない。おいしいはずのお菓子は、なぜか全く味がしなかった。


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